2021年5月8日

昭和の、子どもの日の思い出

シェア ツイート  B! はてブ Google+ Pocket

こんにちは。ディープビジョン研究所です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今日のコラムでは、
ブランド戦略コンサルタントの江上隆夫が、
昭和の、子どもの日の思い出を振り返りながらお伝えします。

それでは、早速。

 

 

いまから半世紀も前。

私は、昭和の、長崎県五島列島の
奈良尾という小さな漁師町で育った。

東シナ海を漁場とする
200隻あまりの漁船、12船団の母港である。

月夜間(つきよま)と言われる満月前後の
1週間ほどは遠い海から帰った船で
港は埋め尽くされて、
町は沸騰するように活気づいた。

なぜ、そうなったのかは
知らないのだけど。

5月5日の子どもの日は
子どもだけが重箱に詰めた
ご馳走の弁当を持ち歩き
町の好きな場所で食べてよい、
という決まりだった。

ほんとうにどこでもよい。

町の公園、港の突堤、
段々畑のはしっこ、家の裏、
神社、お寺の境内etc

町の、いろいろな場所に
町中の子どもどうしが三々五々集って
風呂敷で包んだお重を開く。

ちょっと不思議な、
ちょっとほっこりするような
昭和の、いなかの風景。

レジャーなんて言葉もなかったし。

家の裏手の
眺めのいい場所に座って、
近所のオオツカクンとお重を食べた。

 

ふと、それをきょう思い出した。

 

五島のふるさとの町に、
いま、その光景を見ることはできない。

やろうにも、子どもがいないのだ。

町を訪ねても、子どもの遊ぶ声が、
まったく聞こえない。

 

昭和の最盛期、
1学年100人を数えた児童・生徒は
小中学生すべて合わせても
10人もいない。

小中学校とも数年前に
廃校になってしまった。

これを、どうやったら
反転できるのか?

子どもの日、お重を持って
子どもだけが三々五々、
歩いている光景。

きついけど、反転したい。

 

 

いかがですか。

ぜひ、貴社の、あなたのブランディング戦略に
お役立て下さい。

引き続き、第189回のヒマラヤFMも
メッセージに引き続きお聴きください。

 

 

マルセル・デュシャンが
ただの便器に「噴水(泉)」と名前を付け、
ニューヨーク・アンデパンダン展に
出品したところから現代美術は始まります。

https://www.artpedia.asia/fountain/

1917年のことです。

それは、本当に、ただの便器で、
家に備え付ければ使えます。

これがアートのターニングポイントと
言われるのは、、、

これ以降、表現されたものと同等に、
あるいはそれ以上にコンセプト
「なぜ、どのような意図で創られたか」が
めちゃ重要になったからです。

「泉」は、それまでただの鑑賞物だった
アート、芸術作品の領域を思考の領域まで
爆発的に広げるきっかけになった作品なんですね。

アートはここから、
どういう文脈で、何を考えて、どう形にし、
それは何を感じさせるのか。

意図を含めた構想も評価される
そういう世界に入っていくわけです。

ただ、現代美術の出発点に
「便器」があるということは
私は偶然ではないと思っています。

だって、
ほとんど冗談じゃないですか。
ギャグです、まったくの。

「便器」をみんなで
鑑賞し、味わうんだから(笑)

つまりアート、現代美術って、
思考の、極限の「遊び」なんです。

だから、ギャグとして
楽しめばいいんです。

面白いのは、その思考が出てきた
文脈まで知っていると
もっと楽しめる、ということですね。

そういう現代アートをどう楽しんでいくか。

どうやってアートの世界に
入っていくかを
今週のヒマラヤFMでは話しています。

この感覚、思考の飛躍が、
アート思考やデザイン思考にも
つながっているんですね。

ヒマラヤFM 第189回 アートへの入り口
https://www.himalaya.com/ja/player-embed/99846/136463167

次回の更新もお楽しみに!