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自由と無欲と「天上大風」について

2026.08.08

自由と無欲と「天上大風」について

こんにちは。ディープビジョン研究所です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 
今回はブランド戦略コンサルタントの江上隆夫が
「自由と無欲と「天上大風」について」
お話しします。
 
それでは早速どうぞ!
 
 

 
 
良寛さん、ってご存じですかね。

ほとんどの方が知っていると思いますが
江戸時代後期のお坊さんです。

彼は書家としても有名でした。

その彼の作品(と言ったらいいのでしょうか)に
「天上大風」(てんじょうたいふう)という作品があります。

45×31cmの小さな作品。
 
 
私は、この作品を24歳のときに
たまたま高校の教育実習の授業で知りました。
 
自分の進路をさぐりたくて色々なことに
チャレンジしていたころです。

その授業担当の先生が実物大のものを
みんなに見せたのです。
    ↓
https://www.all-japan-arts.com/rekishi/0709rekishi.html 
 
衝撃でした。

なぜなら24歳の小僧の概念にない
「名筆」だったからです。

書など知りもしない素人の目には
「ヘタ」にしか見えなかった。

衝撃だったのは、その「ヘタ」な書が
どうにも心地よく「これはいい!」と感じたからです。

いったいこれはなぜなのだ?

授業中、私は混乱しました。
 
 
「天上大風」は近所の子供から
タコをつくるのでそのタコの紙に
何か書いて!と頼まれて書いたもの
と伝わっています。

だから、空の上でたくさんの風が
吹きますようにと「天上大風」。

その「ヘタ」見ているうちに
自由で何ものにもとらわれない精神が
現われているように感じるのですね。

24歳の書のことなど何も知らない
無知な小僧にも、その良さが伝わったのです。
 
 
厳しい数奇な人生を送った良寛が
最後に辿りつた「自由」と「無欲」。

そのエッセンスの一つが「天上大風」なのですが、
なぜ、私も含め、この書に多くの人が感応するのか。

あるいは感応できるのか。

私は、その謎が知りたくてたまりません。
 
 
私たちは突き抜けた精神性を表したものに
自然に反応してしまう機能が
生まれたときから備わっているのでしょうか。

それとも後天的に何かのきっかけで磨かれていくのか。

「天上大風」はそんなことも考えさせてくれます。
 
 

 
 
いかがでしたか。
 
完璧なものに感動するのではなく、
その精神性に感動している。
人が感動するとき、
そういうことの方がとても多い気がします。
 
それでは、次回のブログもお楽しみに!