
2026.09.19
祇園のお豆腐屋さんが店を閉めざる得なくなった話
こんにちは。ディープビジョン研究所です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回、ブランド戦略コンサルタントの江上隆夫が
お送りするテーマは、こちら。
「祇園のお豆腐屋さんが店を閉めざる得なくなった話」です。
理由が気になりますね。
それでは早速どうぞ!
★
ちょっと「食とお金」にまつわる話を
先日、京都で聞きました。
それは祇園などの地域に
美味しいお豆腐を長年提供してきた
地元のお豆腐店のお話です。
教えてくれた友人の口ぶりから
そのお店はお豆腐づくりに
誠実な励むお店らしい。
しかし、そのお店を継がなかった
先代の息子さんが、こっそり土地建物の
(娘さんのご主人が継いだようです)
権利証を持ち出し、自分名義に
書き換えてしまっていて。
ある日、ここから出ていってくれと
お豆腐屋さんのご主人が言われてしまった。
結局、裁判になったそうなのですが
負けてしまったようなのです。
で、地元の方たちや祇園の多くのお店が
昔から慣れ親しんだ味であり、
小学校の給食にも協力していたお豆腐店は
店をたたまざるを得なくなったのですね。
家を分捕った、その長男坊は、
豆腐なんぞの辛気臭い商売は止めて
小さなビルでも建てて土産物屋にでも
貸せば儲かるやろ、と考えているのだろう。
(と私は完全に悪者扱いしています:笑)
「あの味がどんだけのもんか
そいつ(息子)はわからんのやろなあ」
その話を教えてくれた祇園の友人は
自分が子供のころから慣れ親しんだ
美味しいお豆腐が食べられなくなることを
心底悲しんでいて。
その場に居た祇園育ちのお姉さんともども
深いため息を吐いていました。
食は儚い基盤の上にあります。
伝統も儚い土台に上にのっかっています。
でも、それらは、その儚さに見合わない
膨大な価値を、時の流れに逆らって
私たちに届けてくれます。
せめて、そういう認識が
あまねく多くの人に行き渡りますようにと
祈りたい。
これに似たような話を聞くたびに
強くそう思います。
資本主義つまり金で計量できないもの
(世の中の大半がそうなのですが)
その中に膨大な価値は眠っています。
優れた資本家はそれを認識していますが
腹立たしいことに、そうじゃない人は
まったくそうじゃない(笑)
神様、「金」もびっくりするほど儚いことを
そいつに、キツク教えたってくださいませ!
★
いかがでしたか。
モノの価値も、
人の価値と同じように、
生き物のように、
時間とともに育っていくもの。
モノにも思い出があります。
それでは、次回ブログをお楽しみに!
