2021年5月21日

半鐘を鳴らす

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こんにちは。ディープビジョン研究所です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今日のコラムでは、
ブランド戦略コンサルタントの江上隆夫が、
「半鐘を鳴らす」ということで、
「書かねば、伝えなければ」と、江上が今思っている
危機感についてお伝えします。

それでは、早速。

 

 

私は、どうもS的な傾向が強いようで(笑)
いつも、ネガティブな厳しいハナシばかりを
コラムに書いてしまいます。

すみません。

 

ノウハウを求める人には
たぶん、ほとんどお役に立っていない。

スキルを上げたいと願う人にも
まず、お役に立っていない。

自分自身のビジネスの集客にも
まったく役立てようとしていない。

そういう意味では
ほんとに役立たずのコラムです(笑)

 

なぜ、書いているかと言えば
3冊出している本の
執筆動機といっしょなんですね。

要は、書かねば、と思っているんです。

伝えなければ、という切迫感が
自分の中にかなりあるんですね。

強く。

 

広汎な教養があるわけでもなく、
少ない知的なリソースを使って、
聞きかじりの知識をつなぎ合わせて
みなさんにお伝えしているのは、
ただただ、世の中に対する危機感。

いまある大事なものが失われるのではないか。

取り戻しのつかないことになるのではないか。

その危機感です。

 

江戸時代に火の見櫓から
火の手を遠くに見つけて半鐘をならす
鳶の親方といっしょです。

「こりゃ、まずい」

でも、一生懸命に鐘を鳴らしているけど
腕も疲れる。

火の手も風向きで迫ってくるし、
もうどうでもいいや、どうせ焼野原だ。

いったん全部がダメになって、
そっから、この国の人は立ち上がるんだな。

この世の中の動きは
創造の前の破壊なんだろう、と。

もうやめちゃおうか、
という気分に何度も何度もなる(笑)

でも、この5年、その危機感が
かなり実感とイメージを伴ってきている。

悲惨な状況になって
呆然と立ちすくむたくさんの人の
顔がちらつく。

で、書く。書かねば。

そういう葛藤を繰り返しながら
書いています。

そう、今日のコラムは、
愚痴と言い訳コラムです(笑)

できるだけしないようにしますが
ごくたま~に吐かせてください。

本日は、以上。

 

 

いかがでしたか。

「今日のコラムは、
愚痴と言い訳コラムです(笑)

できるだけしないようにしますが
ごくたま~に吐かせてください」

と、江上も言っています。^^

では、引き続き、今週のヒマラヤFMも
メッセージに引き続きお聴きください。

 

 

最近、アート思考が注目を浴びています。

たぶん、日本人の
50代以上の男性で、
高校や大学や専門学校を卒業して
何となく入ってしまった企業や組織で
ずっと務めている。

そして、そういう場所に
しっかりなじんでいる。

そういうタイプの人間が
最も苦手な発想法ではないか
と思います。

Aという値を入れると
Bという定型のパターンが
自動的に出力される。

B´の答えがせいぜいで
Cには絶対行きつかない。

Dさえも目に入らない。

人間はどうしたって環境に適応する。

いまいる環境に最適化していくと
その環境下のみで最高のパフォーマンスを
発揮する偏った状態になります。

悲劇は、最高のパフォーマンスを
発揮しているので本人自身が
汎用性がないことに気づかないこと。

その環境下でしか生きていけない
「人間のガラパゴス化」が完成する。

そして、思考も行動も
パターン化していること、
ある特定環境に過剰適応していることに
本人は気づかない。

こうして環境変化に対して
最高にぜい弱な人間とシステムが
出来上がります。

なぜ、アート思考が注目を浴びるのか、
というと、こうしたガラパゴス化した環境は
新しいものを何も生み出せないから。

私たちが欲しいのは、Bではなく
Xやβかもしれないし
イやロかもしれないし、5かもしれない。

とにかく、答えが
そこにないことだけは分かる。

その時に、
まったく新しい問いを立てることができ、
その問いに飛躍した答えを見出せるのは
ロジカル思考でもなく、デザイン思考でもなく、
アート思考ではないか。

今週のヒマラヤFMは、
3つの思考法をちょっとだけ比べながら、
アート思考に迫ります。

ヒマラヤFM 第191回 アート思考を身につける
https://www.himalaya.com/ja/player-embed/99846/137778443

 

 

次回の更新もお楽しみに!